「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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Combattler-Vさん:『ウリハッキョ』観て来ました!

( ̄へ ̄|||) ウーム…いろいろな問題を浮き彫りにしている作品だと思います。

現在の日本の多くの学校で忘れ去られてしまった「教育の根幹」が、映画の舞台となった北海道朝鮮初中高級学校には、確かにありました。

まず…学校とは、「教科の勉強をするところ」ではなく、生徒同士あるいは生徒と教員が日常の触れ合いの中で「自己の生き方を模索する」場であるというところです。

そのためには、教員は決して、授業をする人or生徒を管理する人ではなく、一人の人間として生徒と向き合うことが必要となります。

まさに、全人格を生徒にぶつけ、生徒とともに泣いて笑う人間の姿が描かれていました。

小規模校ならばあるいは残っている姿なのかもしれませんが…現在の官僚的学校組織ではほとんど見られなくなった姿です。

北海道朝鮮初中高級学校の教員団は、本当に尊敬に値すると思います。



また…いまだ在日朝鮮人差別が根強いことも描かれています。

拉致問題・核実験などなど…確かに日本と朝鮮民主主義人民共和国との間にはさまざまな問題があり、良い感情を持っていない、あるいは(一部メディアの報道によって)持たされていない人も多くいるでしょう。

しかし、それと朝鮮学校やそこに通う生徒たちは無関係のはずです。

にもかかわらず…「お前んとこの生徒一匹殺してやる!」という脅迫電話がかかってきたり、修学旅行に向かう生徒に向かって「〇〇を返せ!」と叫んでみたり…およそ正気の沙汰ではありません。

同じ日本人として、彼ら(彼女ら)の行動・言動が恥ずかしいですね。


もう一つ…

生徒たちの純粋さにも驚かされました。

「自分たちは日本で暮らしているから、内面だけを大切にしてもダメだ。外面から大切にしないと、やがて内面までも侵食されて民族性と失ってしまう」

こう話していた生徒の言葉が耳に残っています。

こういう感覚を持った在日の高校生が、いま果たしてどれだけいるでしょうか?

20年ぐらい前までは、確かにたくさんいました。

が…「はぁ? 別に日本人じゃろうが在日じゃろうが関係ないじゃん。差別なんて感じてないしぃ~( ̄ー ̄)ニヤリッ」

こういう感覚の生徒が多くなっているように感じています。

20年前の高校生でも、同じようなことをいう子はいました。

しかし、明らかに切迫感が違います。

20年前の生徒は、「そうは言っていても…本音は…」というようなことが見て取れていたのです。

それが、最近の高校生には見えません…幸か不幸か…何の屈託もなくそう言える(ように見えてしまう)のです。

確かに、20年前に比べれば本名の日本語読みや本名で中学・高校に通っている生徒は増えてきています。

そこに、かつてほどの違和感はありません。

本名を名乗ることを「本名宣言」と呼んでいた…そんな感じはもうない。

それが良いことなのか悪いことなのか…いろいろな考え方があると思います。

が…「関係ない」という言葉には、わたしは今も昔も変わらず違和感を持っています。

それが…同化を求める日本社会や、「同和」教育を捨てた現在の教育の責任でなければ良いのですが…。


広島では、かつて人権教育を実践されていた先生方が、そろそろ大量に定年退職されます。

1998年の文科省是正指導以降、広島では「同和」教育・平和教育=悪というレッテルが貼られてしまいました。

そのせいで、40代以下の教員は人権教育の「じ」の字も知らない人が多いでしょう。

これからの児童・生徒たちは不幸だな…そう思っているのはわたしだけではないはずです。

いつか本当の意味での「人権教育」が必要になるその日まで、感性を腐らせないようにしよう…

そう改めて誓った初秋の日曜日でした。


『ウリハッキョ』 良い映画です。皆さん、ぜひご覧ください。

※Combattler-Vさんのブログ「前を向いて歩こう!」より記事を転載させていただきました。ありがとうございます。(K)
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  1. 2007/09/11(火) 20:06:46|
  2. 観客が見た「ウリハッキョ」
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映画「ウリハッキョ」長野自主上映会 感想文より

hokkaido


★安曇野市 47歳 女性 (日本の方)

在日の方たちが身を削ってつくり、守ってきた朝鮮学校のこと、
一世の方たちの祖国朝鮮は今はなく分断された二つの国、韓国と北朝鮮が残され、在日に好意的なのは北の方であることなど、初めて知ることが多くありました。

知ること、正しく理解することが第一歩だと感じます。

そして、この映画の中に出てくる人たちが、みな大らかであたたかく、今の日本人が見失っているものをたくさん持っていることに心を動かされました。

在日も日本人も、そしてすべての人が国境を越え、平和である日のために、自分の民族性、国を大切にしたいと心から思います。
こんなにすてきな映画をつくってくれてありがとうと言いたいです。


★松本市 35歳 女性 (同胞)

自分自身も高校生活は寄宿舎生活だったので、懐かしく思い出されました。
北海道に一つしかないという事で、通学など私達よりとても大変だと思い、
父兄、先生達の努力がとても伝わってきました。
この映画を特にもっと日本の人達に知らせて見てほしいと思いました。


★松本市 47歳 女性 (日本の方)

同じ人間なのに…という思いと、この映画をみて更に日本という国は大事なものをどんどん捨ててしまっているのでは、と思いました。
真の平和って何か、もっと私たちが日常の中で考えて行く事が大切ですね。
寄宿舎での生活… 私も障害のある子たちと寄宿舎生活をしているのですが、色々な意味であわさる部分がありました。


★松本市 37歳 女性 (同胞)

改めて自分が朝鮮人という事、何故ウリハッキョで学び、また子供達をウリハッキョで学ばせているのかを知ることが出来ました。

やはりウリハッキョは私達にとってなくてはならない存在という事を
北海道の学生達が教えてくれたように思います。
先生も生徒もとても熱い!! 
こうでなくてはいけないですよね~


★岡谷市 57歳 男性 (日本の方)

朝鮮に旅行に行ってはじめて思い切り朝鮮語で話し、チマチョゴリを着られる…
ある程度、在日の境遇を知っていると思っていた私にとって、この言葉は強烈にショックだった。
日本の学校にいたたまれずに編入して来ざるを得ない…
日本人の在日へのキツイ目があるのだ。
私は「殺してやる」と公言する日本人の意識が、なぜ、いつから生じたのか、江戸時代、中世にさかのぼって勉強している。
人間同士の、在日、日本人の連帯ができる日を目指し…


★松本市 32歳 女性 (同胞)

ウリハッキョの大切さを改めて感じられました。
子供達の素直な心に久しぶりに触れた気がします。
熱いソンセンニム達の姿勢、それで学校が変わり学生達も育つんだな~と。
私自身もオンマとなり子をウリハッキョに送る側に立ちましたが、どんな事があってもウリハッキョを守って行かなければと、熱く、熱く思いました。

※掲載が遅れてすいません。長野実行委員会河舜昊様、ありがとうございます。(K)

  1. 2007/09/01(土) 14:24:11|
  2. 観客が見た「ウリハッキョ」
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7/24 岐阜上映会の感想文です。

7/24岐阜での「ウリハッキョ」上映会の感想文を掲載します。実行委員会・崔玲姫さんご協力ありがとうございます。

☆平綱様(40代)

ドキュメンタリ映画ということで、内容がとぎれとぎれに成っているのかと思っていましたが、高校3年生を中心として流れある内容でとてもひきつけられ、2時間があっという間に終わりました。

 充分に恵まれない環境の中で子どもたちが明るくのびのびと学んで居て又、「自分は朝鮮人である」と言うことに自身と誇りを持っている姿に今の日本の子どもたちに足りない部分であるし教えて行かなければならない事だと思いました。

 そして何よりも祖国統一に対する強い願いを持っている事に感動し、この映画が韓国で公開された事は本当に良かったと思います。
 最初から最後まで涙が出て、ハンカチが手放せませんでした。
 一日も早く分断された国が一つに成り長い悲しみから開放されたらと祈るばかりです。
 映画に誘って下さってありがとうございました。


☆ 林様(50才、パート)

 朝鮮学校について殆ど知らなかった友人を連れて見ました。
 友人は「なんで朝鮮人は故国へ帰らないのかな?」と、そして「あんな攻撃を受けるから守らねば!と気負ってしまうんだろうけど、特別ふつうに同じ人間として認め合って暮らせばいいのになあって思う。」と。
 その普通のことができなかった日本人の社会なんですが、彼の言う通り、民族らしさを認め合って共生して行くことにつきます。

朝鮮学校が当たり前の存在であることをつくづく感じされました。こういう学校があって、日本の学校もあって当たり前だと。
「日本人は心の中で思っていても意識ができるけど、日本人と同化しちゃうから外見は必要」ということばも納得できました。


☆福田様(40才、教員)

北海道の朝鮮学校の教育活動ドキュメンタリー、とても楽しく鑑賞致しました。
児童、生徒さんたちと、先生方で、自主・自立の教育を困難に打ち勝ちながら作られていく姿の熱さに感動しました。
子どもたちと先生方の手作りによる部分が多いゆえに、それだけ教育の場における、受身でない、能動性を強く感じました。

嫌がらせ電話やマンギョンボン号に対する保守派の行動を観ると、日本が引き起こした太平洋戦争の戦後処理で朝鮮半島が分断されていることに対する、日本人一部の無責任振りを痛感しました。
  1. 2007/08/09(木) 07:53:55|
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pianocraftさん・映画「ウリハッキョ」を観た!

pianocraftさんの許可を得て、ブログ「毎日が日曜日blog2」より記事を転載させていただきます。
☆ ☆ ☆

5月にこの映画の存在をしったのだけど、結局そのときの上映会にいけなかった。すごく残念な思いをしていたら、全国で自主上映が続々とされることになった。今日、私はごく近所で行われた上映会でこの映画とやっと出会うことができた。

今日の上映会の主催は近所の北大阪朝鮮初中級学校父母会や支える会として運動している「アプロハムケ北大阪(北大阪朝鮮初中級学校を支える会)」なので、朝の上映には多くの朝鮮学校の生徒さんが小さい子から、大きい子まで参加していた。

朝鮮学校と一般に呼ばれる学校がどんなところか、日本人としてずっと生きてきた私には知らない世界だった。おんなじ世代だったころも、チョゴリを着て通学する女生徒は知っていたし、朝鮮学校の男子生徒が喧嘩に強いというイメージを持っていた。少し距離を置いた感じで知ってるというだけだった。

もちろん、大人になってから多くの在日の人と活動したり、韓国の友人がいたりと仲良くやってるとおもうけど。
それでも今日見た学校は全く私の想像していたものとは違っていた。

そこは、もう一つの学校。まるで「家族」のような生徒たち。北海道の朝鮮初中高級学校では、年の違う生徒たちもお互いを、支えあい、守りあう。彼らにとって学校の塀の外の世界は、いつも脅威だ。
緊張を強いられ、異なる文化に対する無理解・非寛容が渦巻いている。特に、拉致問題がクローズアップされると脅迫はより現実的な脅威になる。それだからこそ、自分たちのアイデンティティーを守るためこの学校は存在する。

日常生活の中にある、朝鮮語も日本語とちゃんんぽんになっていて面白い。監督のキム・ミョンジュンさんも撮影期間の3年を朝鮮学校で過ごしたが、最初は先生の言葉はわかっても、生徒たちの日本語交じりの言葉が理解できなかったという。けれど、しまいに「へんな訛」のハングルを話すと友人に指摘されるが、本人はそれがとても嬉しいという。一緒に過ごした人々への愛情があふれている。

登場する生徒たちは実に明るく元気だ。だが、それぞれの事情で日本社会の中で葛藤や困難、差別にあっている。そのために、早くから自分が何であるか?ということを考えている。誰のために生きるか?
自分のためにだけでなく同胞のため、仲間のため。強い絆がそこにあった。

映画の中には万景峰号に乗船しての修学旅行のシーンもある。監督は、舟に乗って北朝鮮に入ることは許されていない。韓国から入ることはできても。そこに深い分断を初めて感じたという。
この映画は、昨年の釜山国際映画祭のドキュメンタリー部門で最優秀賞を取っている。韓国の人にとって彼らの存在は忘れられたような存在であったに違いない。

面白いのは、ソウルでの感想に「今まで民族や国のことなんて考えたこともなかった」というのである。
これって、けっこう日本人もおなじじゃない?
私にとって、日本は住んでるエリアにすぎないと考えるのだけれど、それは、同じ国に住んでる他のアイデンティティーを持つ人から脅威を受けたことがないからだと思う。そう、私たちはこの国の多数派で脅威をあたえても与えられることのない存在だからだ。
本当に彼らが安心して自国の言葉や文化をおおっぴらに語れるには?
日本人の側に大きな責任があると、また、改めて思った。

この映画は、まだまだ上映が広がっている。どこかで、是非出かけて欲しい。
詳しい情報は、映画『ウリハッキョ』日本公式ブログ http://urihakkyo.blog105.fc2.com/で更新される情報をチェックして欲しい。

もう一つ追加。
明日、22日東淀川の瑞光寺公園で「平和のマブイ祭り」が開かれます。午前11時から4時まで。
その会場でウリハッキョのTシャツ(他にもいるかもしれないけど)着ているのが私です。
  1. 2007/07/23(月) 06:15:52|
  2. 観客が見た「ウリハッキョ」
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「ウリハッキョ」渋谷上映会での感想

※渋谷での「ウリハッキョ」上映会をご覧になったハンドルネームM.Sさんから感想をいただきましたので、掲載いたします。

☆ ☆ ☆

ウィメンズ


先日、東京・青山のウィメンズプラザで上映された『ウリハッキョ』を拝見しました。

まわりの観客の方達はおそらく在日の方が多く(一緒に行った先輩も在日の方です)、懐かしい思いで観ていらっしゃるんだろうな~と思いながらも、私自身は浸りきれず、若干の居心地の悪さも感じながら観ていました。

しかし、監督と生徒と先生たちの距離の近さや、映されている人たちの姿は、観ていて清々しいものでした。様々な「生」の姿に感動する場面が多く、何度も涙があふれました。

私が特に印象に残っているのは、サッカー部のエピソードで「学校があるからサッカーができる」という監督のナレーションの部分です。自分のことに置き換えて考えることができ、この先、一生胸に抱え、次代に受け継ぎたい思いがしました。

また、生徒たちが修学旅行で映してきた北朝鮮の映像が、テレビから流れるものと違っていて、北朝鮮に対するイメージががらっと変わりました。生徒たちが修学旅行から戻る時、拉致問題まっただ中の日本から入港拒否を受けている万景峰号に乗っていたという事実は衝撃的でした。

当時、私も、拉致被害者家族の気持ちを汲むと、万景峰号入港拒否は当然のことだ、と思っていましたが、「私は万景峰号の、北朝鮮の一体何を知っていたのだろう」と反省することしきりです。無知が生み出す差別とは、なんと罪深いものなのでしょうか。

謂れのない差別がなくなるには、まず、知ること。そして、理解することが必要ですね。そういった意味で、この映画は非常に価値の高い作品だと思います。上映時間は少し長かったですが、「もっと観ていたい」と思えました。今後ますますの躍進に、大きく期待しています。
  1. 2007/07/17(火) 23:15:12|
  2. 観客が見た「ウリハッキョ」
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時代と共に進化遂げるウリハッキョを実感

※渋谷上映会でボランティアスタッフをされた金日宇さんのブログ「トンポ・トンネ 日々イモジョモ 」に掲載された感想文を許可を得て転載します。

 ☆ ☆ ☆

昨日、KAJAという日本人の市民団体が主催する「ウリハッキョ」上映会に行ってきました。「私たちの東京朝鮮第三初級学校物語」の宣伝・販売を兼ねてです。

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 KAJAの五回目の学習会、気ままな人の気ままな集まりだというので、普段はごく内輪の学習会のようですが、この日は事前予約が60名、さらに「自主上映・日本公式ブログ」に紹介されたこともあってか、80人近くが集まったと思われます。大多数が初参加、私を含めて「KAJA」の存在をこの日初めて知った人も少なくなかったようです。

 2時間を越す長丁場にもかかわらず、中座する方もなく、いつものように映画のエンディング曲が流れると拍手、目頭を熱くしてトイレに駆け込む人の列がてきました。

 映画上映後、同会代表のイ・ヨンチェ氏(恵泉女学園大学の教員)の進行で、今年東京朝高を卒業し日本の大学に進学した二人の学生を迎えてのトークが組まれていました。一人は、荒川区のウリハッキョを経て、東京朝高を卒業後、慶応義塾大学の商学部に進学したソン君、もう一人は、栃木のウリハッキョと東京朝高を卒業し恵泉女学園大学に進学したカンさんです。

 まず、1990年代に留学生として日本に来たイ氏が、帰国するたびに、日本で朝鮮総連系の人に会ったことを情報機関に申告するか否かをめぐって家族が深刻に意見を交わした体験などを紹介し、韓国人の監督による「ウリハッキョ」の撮影、上映がもつ意義についてのべられました。

 ソン君はプロジェクターを利用して「ウリハッキョとは」、「ウリハッキョの歴史」、「ウリハッキョの体系」、「ウリハッキョでの教育内容」、「ウリハッキョの実生活」、「ウリハッキョの校章」、そしてウリハッキョの施設と、運動会などの行事を実体験をおりまぜて説明、カンさんはチマチョゴリの制服問題、長距離通学など学生生活などについて語りました。

 会場からは、次々と様々な質問が…。
 「なぜ、2時間もかけて通ったのか」、「いつから朝鮮人としての自覚を持てるようになったのか」、「女性だけがチマチョゴリという、民族衣装を着ることに抵抗感はなかったのか」、「修学旅行は平壌ではなく、ソウルにいこうとの話は出なかったのか」、「現代史は歪曲した(革命)歴史を学んだのでは」、「なぜ、朝鮮大学校に進学しなかったのか」、「卒業後、日本人の社会に出て戸惑ったことは」、「学校の運営資金は?」、「韓国から支援を受けるべきではないのか」など、など、中には、とても19歳の若者には応え切れそうもない質問も少なくなかったようです。

 一つ一つの質問に丁寧に答える二人の姿はとてもすがすがしかった。「ウリハッキョ」での実体験に基づく話に、参加者の多くは納得したのではないでしょうか。

 異なる意見を持つ人々に対しても物怖じすることなく、実直に応じるかれらの考え方は「しなやか」でした。「パッチギの時代」、「豪腕時代」の私たちと大違いです。「ウリハッキヨ」は時代と共に着実に進化を遂げているいるようです。そうした「しなやかさ」は、今の「ウリハッキョ」がもたらす強さでもあるのでしょう。
 
 答える中で二人は、日々の学園生活や運動会などで育まれるチームワークやリーダーシップ、「一人は皆のために、皆は一人のために」という言葉で代表される他人を思いやる気持ち、それが皆が好んで使うという「ウリ」であり、その「ウリ」を言葉ではなく、体にしみこませるのが「ウリハッキョ」の良さだと強調していました。

 映画「ウリハッキョ」は、いままで「ウリハッキョ」の存在を知らなかった人々に広くその存在をアピールしているだけではなく、私たち「ウリハッキョ」の卒業生、「体験者」が「ウリハッキョ」の良さを再発見する機会を与えてくれているようです。

 「ウリハッキョ」がもたらせてくれた、そんな「幸せ」な一日でした。「本」も予想以上に売れました。コマッスムミダ。(k.i)

  1. 2007/07/16(月) 14:02:50|
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6/29・渋谷・「ウリハッキョ」上映会感想

※6・29日渋谷上映会に参加されたハンドルネームぐるぐるさんが感想を送ってくださったので、掲載いたします。

一年生
(写真:「ウリハッキョ」韓国公式ブログより転載)



「朝鮮学校」というと、ひょっとすると「怖い」「得体の知れない」という先入観を持っている人が多いのかもしれない。

実際かつては「パッチギ!」でも描かれたような日本人学生とのいざこざもあったらしいし、個人的な体験で言うと、自分が茨城で高校生をやっていた頃(80年代後半~90年代初めの頃です)、先輩から「朝鮮学校の奴らはヤバいから、絶対に関わるなよ」と言われた覚えがある

(実際には、在学中に彼らと遭遇することはなかったので、本当に彼らが「ヤバい」人たちだったのか分からないけれど、恐らく先輩が口にした噂はだいぶ尾ひれがついたものだったのではないかと思う)。


で、この映画。まず驚かされるのが、生徒たちの生き生きとした表情。

これは三年もの間、学校に寝泊りして生徒や先生たちとの親交を深め、信頼を築き上げた監督だからこそ撮り得た姿なのだろうけれど、それにしても彼らは何とも良い表情で笑う。
さまざまな学校行事にも積極的に一生懸命取り組み、大いに盛り上がる。

特に驚いたのは、生徒と教師(ちなみに朝鮮語では「ソンセンニム」という)の関係が非常にフレンドリーなこと(もっと厳格な感じなのだと思っていたので)。

作品の中では朝鮮学校、あるいは在日朝鮮人をめぐる歴史的・社会的背景―戦後、日本の弾圧に抗いつつ学校が設立された経緯、「一条校」ではなく「各種学校」扱いのため、国からの補助が得られないこと、つい最近まで運動部が公式戦に出られなかったこと、「2002年9月17日」以降の社会情勢など―についても言及されるが、基本的には生徒たちの生活や表情を捉えることを主眼としている。

そのため、いわゆる「お堅いドキュメンタリー映画」にはなっておらず、誤解を恐れずに言えば「笑いあり、涙あり」の明るい作品に仕上がっている。カメラを持った監督が生徒たちに注ぐ視線はあくまで暖かく、それは監督自身のナレーションの語り口にも現れている。

現在の所、この作品は日本では一般公開されておらず、各地で自主上映会が催されている現状なのだけれど、ぜひ多くの人に観て欲しい。

繰り返しになるが、これは硬質なメッセージを声高に叫ぶようなタイプの作品ではない。しかし、観た者に対し様々な「問いかけ」を、穏やかに投げかけてくる、そういう作品だと思う。

※センミさん、ご協力ありがとうございます。(K)
  1. 2007/07/03(火) 21:42:42|
  2. 観客が見た「ウリハッキョ」
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「知ることからはじめたい」

私は日本人だから、在日の人たちの苦しみや祖国の統一を願う気持ちも
わからないことがたくさんある。偏見も少なからずあった。

けど私と同じように高校生たちは
くだらないことで笑って、歌って、泣いて
変わらないこともたくさんあった。

もっと知りたい。知らないことがたくさんある。

マスコミの北朝鮮報道もこれからは少し違った見方になるかもしれない。

映画で「願いは世界平和だ」というセリフがあった。
その願いは世界共通。

知ることから始めたい。

東京都日野市在住・10代・女性

※西東京での上映会の感想文より。上映委員会リ・スニ様ご協力ありがとうございます。(K)
  1. 2007/06/16(土) 23:19:15|
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