「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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ウリハッキョの先生を紹介しますー連載(10)パク・テウ先生

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パク・テウ先生

テウをどう説明したらいいのか、…少し難しい。
常に子どもたちの「お兄ちゃん」であるパク・テウだと言ったらいいのか、
とても鋭敏な頭脳の持ち主で、子どもたちからの「愛され方」を知っている
優れた教員であると言ったらいいのか…。


※↓をクリックすると、記事の続きがよめます。
彼の第一印象は、こんなものでした。
初めて北海道を訪ねたのは、高級部の生徒たちが
秋の遠足に行く日でした。

日本で2番目に大きな湖が北海道・札幌の近くにあって、
樹木の生い茂った道路をしばらく歩いて湖まで行く遠足でした。
途中で少しずつ休憩も取りながら。

その休み時間に、僕はスポーツ刈りに
少しぽっちゃりしたお腹の持ち主である若い先生が、
女生徒に囲まれて、いじめられている様子を見ました。
その女生徒たちが、映画にも出てくるチオクたちでした。

彼女たちはパク・テウの頭をなでたりお腹をさすったり、
「いじめ」ではないけれどいじめのようなことをしていました。
パク・テウは、少し困りながらも少しは気分よさそうな表情をしていました。

そんな様子を見て、僕は本当にショックでした。
こんな学校なのか…?

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(写真説明:21期のリ・ソンデ、オ・ファインとともに)

歳月が過ぎ、映画を撮ろうと決めた後、各学級を見て回りました。
高級部の子どもたちを主人公にしたいと思っていたので、
高1、高2、高3の各クラスを熱心に見て回ったのですが、
当時の高2が映画の主人公となる21期生でした。

当時の高1や、高級部に上がる中3を主人公にした場合と
翌年高3になる21期生たちとを比べてみて、
やはり21期生たちは多くの弱点を持っていました。

彼らはあまりにも、あまりにも騒がしいのです。
授業の時も休み時間も、同じように騒がしいクラスでした。
なぜそうなったのかよく見てみると、
ウリハッキョで最も個性の強い子どもたちが集まっていて、
最も人数も多いクラスだったからでした。
さらには、朝鮮学校を代表すると言われる舞踊部の生徒が、
このクラスには一人もいませんでした。
だからとても悩みました。

いろいろ考えた末、
いずれにせよ2年も3年も撮り続けるわけにもいかないので、
21期生を中心に1年間撮影してみようと決めました。
そして、彼らの高3の担任に誰がなるのかという情報を、
事前に押さえておく必要があると思いました。

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(写真説明:陸上部の監督でもあるパク・テウ。もともと柔道出身なのだが…。21期生の陸上部の生徒たちと、東京の地下鉄駅で中央大会必勝を誓う様子)

ウリハッキョの担任の発表は、入学式より前に
子どもたちにその情報が漏れることは絶対にありません。
徹底した秘密主義!

なぜなら、入学式より前に担任の発表がもれると、
入学式の時の子どもたちの生き生きとした表情が失われてしまうからです。
実は先生方も、担任発表をする時の子どもたちの歓呼の声や失望のため息を
楽しんでいるという証拠でもあります。
こどもたちが事前に知ってしまうと、
そんなスリルもなくなってしまうじゃないですか。

それでも、僕はあらかじめ彼らの担任が誰になるのかということを
絶対に知らなければならないという使命を果たすため、
いろいろな先生にこっそり尋ねてみたけれど
やはりその秘密主義の壁を崩すのは難しいことでした。

その秘密を教えてくれたのは、やはり僕の心強い支えになってくださった
チェ・インテ校長先生でした。
僕はパク・テウが高3の担任になるということを事前に知っていたので、
発表の時は高3生たちの表情を逃すことなくカメラに収めることができました。

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(写真説明:パク・テウの写真用の「チュー」を見破ったナム・チュンスの表情が…。やはり子どもたちは賢い)

パク・テウが彼らの担任であるという事実を知った時、
少しがっかりしたということは告白しなければなりません。(テウ、すまん!)

せっかくならチマ・チョゴリを着て授業をする女性の先生が
担任になってくれた方がいいという思いもありました。
例えば、ベテランのリ・ホミ先生が担任になった場合、
先生がこの雰囲気散漫なクラスを治めていく手腕を窺うことができるし、
初めて担任をする女性の先生の場合でも、若い先生と子どもたちが経験する
さまざまな試行錯誤が、多くのことを語ってくれるだろうと思ったからです。

ところが、若干間が抜けてるようにも見え、少し優柔不断そうにも見える
青年パク・テウは、もともと僕のリストにはありませんでした。
彼が主人公である21期生の担任になるなんて…。
がっかりしないわけにはいきませんでした。

「でもやってみよう。何かいい結果も生まれるかもしれない」
もともと諦めもいい方なので、失望感を抑えてカメラを回しました。

しかし調べてみると、
パク・テウはリ・ホミ先生と並んで、常にローテーションで高3の
担任を受け持っていたのです。校長先生や教務主任の先生から、
どこか信頼感の得られるところがあったのでしょう。
長い時間、パク・テウと一緒に過ごし、彼の真価を見ることができたので、
ここにいくつか紹介したいと思います。

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(写真説明:朝鮮学校生の体育大会である中央大会に参加したジェフン。長距離二冠王だった。下でカメラを窺っているのが親しいジェユ)

パク・テウは、人を楽にさせてくれる長所を持っています。
誰でもパク・テウを好きにさせてしまうのです。
もう少し正確に言えば、憎めない魅力が彼にはあるのです。
そのかわらしい髪型、そして適当に出ているお腹。
顔もいたずら坊主のような顔をしているでしょう。

しかし、初めて赴任してきたころの様子は全然違ったそうです。
当時の姿を見ると、ジャジャーン、下の写真です。
表情にあまり変わりはありませんが…

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いい男、と言わないわけにはいきません。
そのせいか、女生徒には大人気だったという噂もあります。
信じようと信じまいと…。

そして、彼は情の厚い青年でもあります。
何年か前、担任をしていたクラスでのことです。やはり高3でした。
そのクラスは成績もかんばしくなく、授業の雰囲気も落ち着かず、
何よりクラスの子どもたちに団結力がないという弱みを持っていました。
しかし、パク・テウ先生に聞くと、そのクラスが自分には
一番愛着のあるクラスだったと言います。
子どもたちにそんな弱点があるからこそ、してあげられることが多く、
それなりに自分の手助けが必要とされていた、と言うのです。
そしてそのクラスの子どもたちは、彼が担任していた期間に
少しずつ変わっていき、卒業式の時にはどのクラスよりも
立派な卒業式をして出て行ったということです。

挑戦する精神、無から有を創造する精神、
それがパク・テウの熱い心です。

一方で、パク・テウ先生は実に鋭い感覚を持った先生でもあります。
子どもの自発性を引き出すことについては、卓越した能力を持っています。
それとなく自分は賢くないように見せかけて、子どもたちに
「やっぱり自分がやらなければダメだ」と思わせるのです。
実はこうした手法がパク・テウの戦略であるということに、
子どもたちは気付いていません。
チェ・インテ校長先生とシン・ギョンファ先生は、
そのことをよく分かっているので彼に高3の担任を任せるのです。

実は僕も、彼のそんな手法を分かっていながら
だまされてしまったことが何回かありました。
例えば、映画の序盤に出てくる合唱大会でのアイデアを僕に要求したことや、
卒業式を素敵にしたいと言って僕にアイデア出しを求めたこと。
そんなことはすべて、パク・テウ特有の
「僕はうぶです、知りません」戦略によるものでした。

そして最後に、
パク・テウは、ウリハッキョの他のすべての先生方と同じく、
子どもたちをとても愛している先生であるということです。
卒業生が教師になって戻ってくることの多いウリハッキョでは、
先生の中にパク・テウの教え子だった人も増えてきています。
チャン・ギス、ユン・マミ、チャン・エソン、そしてキム・ジファの各先生が、
パク・テウがかつて担任をしたことのある教え子たちです。
だから、彼もかなりのベテランになっているのです。

卒業式後の懇親会が終わった後、
ある卒業生がパク・テウと静かに話しているのが
聞こえてきました。
その子はその数ヶ月前に、父親を失ってしまったのです。
高3のしんどい時期に、
その悲しみがどんなに大きかったか推し量ることもできましたし、
その過程を見守ってきた僕も、その子の澄んだ表情から
悲しみが消えていくことをいつも祈っていました。
周りの友達と当時担任だったパク・テウの心配りが、その子の
顔にもともとあった明るさを取り戻していきました。
その子が、パク・テウに話しているのです。

「私のアボジになってください。
私の人生のアボジに先生がなってくれませんか?」

そう言って、両目に涙を浮かべていたその子の表情を、忘れることができません。
テウもその時のことを忘れることはないでしょう。

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(写真説明:誰かの誕生日には子どもたちはこんな風に写真を撮ります。この日はチョン・デホンの誕生日)

この懐の深いパク・テウ先生の机には、
「在日朝鮮人3世の教員」というタイトルの付いた
絵が貼ってあります。ある若い教員が、教壇に立って
熱心に授業をしている様子を鉛筆で描いたものですが、
それを見ながら常に在日朝鮮人3世の教員としての
自信を奮い経たせているのではないかと思います。

彼は、東京朝鮮中高級学校の出身で、
もと東北朝鮮学校の校長先生だった父親を持っています。
本来は朝鮮大学校の建物を造った建築家である親戚の後を継いで
建築学徒になりたかったそうなのですが、
理工学部に入学した後、朝鮮大学校の祖国訪問で朝鮮の子どもたちに接し、
その純粋さに衝撃を受けて、こんな子どもたちを日本の地で育てようと
教員の道に入ったということです。

教員になって最初に赴任したのが雪国、北海道。
ここで初級部の教員であるクォン・ミスン先生と出会い、
結婚してかわいいチヨンが生まれました。

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(写真説明:助監督のソヒョンとテウ、息子のチヨン、そしてクォン・ミスン先生)

パク・テウと会うと、いつも心が楽になります。
パク・テウ先生の顔に、いつまでも憎めないいたずら坊主の表情とともに
熱い心が一緒に宿り続けることを祈っています。

テウ!!
1年余りの期間、一緒に過ごしてうれしかった。
本当に大切な思い出だ。
君の目の中に、常に子どもたちへの愛情があること、よく分かってる。
素敵な先生として、ウリハッキョを卒業する
すべての子どもたちの記憶に残るよう祈ってるよ。
(2007/4/3)

※翻訳は新潟・びびんば会金子博昭さんです。「先生を紹介します」のコーナーでは10回のうち実に8つもの記事を金子さんが翻訳してくださいました。韓国ブログから自ら記事を検索して下さったり、翻訳文をいただく時も私が後で編集をしやすいように写真の挿入箇所をチェックしておいて下さったり、細かな所まで配慮して下さいました。
この間、本当にお世話になりました。ありがとうございます。

なお、これまでの先生紹介の記事は、画面左側「カテゴリー」の☆「先生」を紹介しますよりご覧いただけます。(K)

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  1. 2007/08/03(金) 05:35:34|
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