「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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金明俊監督・「ウリハッキョ」新潟上映会に行ってきました。

※ 「ウリハッキョ」韓国公式ブログ11月14日記事を新潟上映実行委員会の金子博昭さんが、早速翻訳してくださいました!!カムサハムニダ!!

※ ※ ※

新潟は僕にとってとても意味のある場所です。
映画「ウリハッキョ」で、北海道21期生徒たちの祖国訪問に行く時、
マンギョンボン号が出発した港が新潟港でした。

子どもたちを見送った後、寂しい思いで北海道に戻りながら、
とても複雑な気持ちになった場所でもあります。

11月3日、新潟で「ウリハッキョ」上映会が開かれることになり、
再び新潟を訪問することになりました。
2回目に訪問した新潟は、僕にもっと新しい意味を持って迫ってきました。

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(新潟上映会が開かれた市民会館(=ユニゾンプラザ)です)

初日に到着した時は、もちろん多くの同胞が僕を出迎えてくれて、一緒に夜遅くまで話をすることができました。

ひとつ面白いことは、映画に出てくる高3の担任パク・テウ先生が、この新潟で生まれたということです。その日僕が出会った同胞の中にはお年を召した方も多く、パク・テウ先生のお父さん、パク・クァンギ先生をご存知という方もたくさんいました。一緒に仕事をしたり、同級生や
先輩や後輩や…。
パク・テウ先生は新潟で初級部3年まで通った後、家族みんなで東京に引っ越しました。

その後、東京のウリハッキョを卒業した後、北海道ウリハッキョへ配属。お父さんは仙台地域に異動されたとのことです。

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(パク・テウ先生と奥さんのクォン・ミスンさん、息子のチヨン)

↓をクリックすると続きが読めます。

もうひとつ、チャンスのお母さんが新潟出身で、新潟ウリハッキョで幼い頃から寄宿舎生活をしたとのこと。だからみんなチャンスとテスのことをよく知っていて、そのお兄さんに当たる方にもお会いすることができました。

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(韓国の公演団が北海道に来た時、チャンスが団員とポーズを取っている写真。もう堂々とした表情のウリハッキョの学生だ)

新潟での上映は、在日同胞も一緒に準備をしましたが、実は日本人が中心になって準備と進行をしてくれました。同胞たちはちょうどその日同胞の結婚式がある日ということで、多くの方が参加できませんでした。

その上、その同胞の結婚式が韓国人女性と在日同胞男性との結婚式という、大変重要な結婚式でした。同胞の結婚式は長時間、盛大に、楽しく進んだので、残念ながら上映会には多くの方が参加できなかったということです。
(それでも映画は大部分の人が見ていたとのこと)

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映画は1日に2回上映され、合わせて480人もの人が見に来ました。

大部分が日本人の観客でした。最近までマンギョンボン号が往来していた所であり、ここには特別の事情がたくさんありました。

ご存知の通り、在日同胞の「帰国運動」というのがありました。
僕の記憶では、1959年から80年代の前半まで、北側政府と総連で実施した帰国事業は多くの在日同胞の祖国への帰還の契機となり、併せて民族学校の中興を成すきっかけとなりました。

しかし帰ることのできた祖国は分断された片方の祖国であり、この過程でたくさんの問題が発生したのです。
日本政府もこの事業には積極的でしたが、その理由は面倒な在日朝鮮人を日本から送り出すことができるからでした。

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帰国運動が終わった後、在日同胞の多くは、北にも兄弟が、南にも兄弟が(もともと故郷が大部分南なので…)、そして日本にも父母兄弟が住んでいるという離散家族になってしまいました。
その帰国運動の中心に、ここ新潟があったのです。

そのため新潟県の日本人住民は、在日朝鮮人問題、そして北朝鮮について特別な感情を持っているのです。ある在日同胞は、幼い頃、帰国船が来ると友だちと一緒に港まで見物に行ったと言います。その同胞はウリハッキョに通っていなかったので、日本人の友だちと一緒に遊びに行ったのです。
帰国事業が盛んだったころ、日本人にも朝鮮人にも帰国船が入ってくるのは大きな話題であり、多くの日本人が在日朝鮮人の帰国運動を助けてくれたと言います。

同胞の人数が朝鮮、韓国、ニューカマーを合わせて2500人ほどしかいないこの地域で、「ウリハッキョ」上映会に1日で480人が集まるという事実ひとつを取ってみても、新潟の住民の在日朝鮮人や北に対する関心が並大抵ではないことを知ることができるでしょう。

映画が終わった後、短いながらも多くの人々と話をすることができました。

その中には民団の幹部の方もいましたし、韓国政府から韓国文化を伝えるために派遣勤務されている方もいらっしゃいました。韓国政府の関係者の方は、韓国が同胞に冷たい対応をしてきたという風に描いていることを、とても残念だと感じているようでした。僕に若干の不満を言いたかったようでしたが…。
しかし事実ですからどうしようもありません。
これからでも韓国政府が誠意を尽くせば、同胞たちも許してくれることと思います。

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上映会場には、以前東京の別の上映会で展示した写真も並んでいました。
東京で日本公式ブログを運営しているKさんが直接新潟に送ってくれたとのことです。
きれいに額に入れられた、ウリハッキョの子どもたちの写真。
このブログでも紹介してきた写真です。

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また、上映を契機に日本の良心的な方々による署名活動も行われていました。
憲法9条の改正に反対する運動、ソ・スン先生の講演会の広報など、
この上映会に来た人々に活発に宣伝していました。

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以前、僕がブログに紹介した「日本の中の外国人学校」という本もありました。
月刊「イオ」が販売していたのです。

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上の写真に写っているのが今回の「ウリハッキョ」新潟上映実行委員会の委員長を務めた金子博昭さんです。金子さんは新潟市役所の国際部に勤務しています。

5月17日、大阪での日本初上映を見た後、新潟でもぜひ多くの日本人にこの映画を見せたいという気持ちで、準備をしてきたそうです。
(訳注=実際は6月29日の東京上映会です)

金子さんはウリマルがとても上手です。
87年から88年まで、そして90年代初め、2回に渡って韓国で勉強しました。
当時は韓国の民主化運動が盛んだった時で、金子さんは運動に参加する韓国の学生たちとともに過ごしたということです。
だから、最近の韓流ブームで日本から韓国に観光に来る人々が、韓国の食べ物や俳優に夢中になるのと違って、「催涙弾のにおいが懐かしい」と言います。

当時付き合っていた友人たちとは連絡が途絶えましたが、依然として金子さんは分断されたこの国と日本とのいい関係のために、きょうも熱心に動いているのです。

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上の写真の方は、新潟県の朝鮮女性同盟副委員長の安正順さんです。
僕が新潟にいる間、最初から最後まで家族のように面倒を見てくれました。
金子さんなどの日本人との交流を積極的に進めていて、そんな日本人の中には安正順さんからウリマルを習っている人も多いということです。

このように友好的な日本人が多いのは、その土台に同胞たちのたゆみない努力があるということを忘れてはならないと思います。

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ステージに立ったメンバーです。

僕の隣が日本人の麻里さん。司会をしてくれました。
真ん中と右側にいるのは韓国人の方です。お二人は通訳の担当でした。
ひとりは領事館の娘さん、ひとりは市役所国際課で金子さんと一緒に仕事をしているとのことです。
ステージの裏側で、超緊張状態で汗を流していた3人の姿が今も目に
鮮やかに浮かびます。

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上映会スタッフみんなが集まって1枚撮りました。

この中には新潟大学の教授の方、大学生、市役所職員など、多様な職業の方がいました。また、北の子どもたちにコメを送る運動をしていらっしゃる日本人の方もいましたし、新潟ウリハッキョに毎日のように顔を出して学校のすみずみを修理しているという日本人の高校の先生もいました。

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上の写真に写っているお二人は、中国人です。
どうしてここでボランティアをしているのかって?

右側にいらっしゃる方は、20代の前半で早くも子供を持つお母さんです。こんなに若いのにもうお母さんとだということにまずびっくりしました。

次に驚いたのは、ご主人は朝鮮族だとのこと。つまり、中国延辺に住んでいる同胞だとのことです。
お二人はどちらも日本で留学生活を送っています。留学生活中に中国語が通じ、それが縁になって結婚にまで至ったとのことでした。言葉というのは本当に大きなものだと思います。

彼女の子供には当然朝鮮人の血が流れています。映画を見た後、子供を
どの学校に入学させるか聞いてみたところ、「もちろん朝鮮学校でしょう」という答えが返ってきました。だからまた驚きました。

本当にウリハッキョをめぐる状況は複雑この上なく、在日朝鮮人とともに生きる多くの方々のお話はどれもドラマだという思いがします。

上映会が終わった後、日本人と韓国人、在日同胞のスタッフがみんな一緒に集まって打ち上げをしました。
みんなが「平和」と「統一」というひとつのテーマで熱のこもった討論をし、意気投合することができました。

明け方まで新潟市内を歩き回りながら、一緒に笑い合えたことがうれしかったです。

とても素敵な人々、とても幸福な約束をすることのできた時間でした。
新潟でお会いした皆さん、本当にありがとうございました。
再びお会いする日まで、お元気で。

金明俊


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  1. 2007/11/15(木) 21:46:00|
  2. ★金明俊監督の部屋
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