「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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パクソヒョン助監督:日本訪問記②~京都編~

※「ウリハッキョ」韓国公式ブログよりパク・ソヒョン助監督の日本訪問記を翻訳掲載しています。今回は10月8日の記事、京都編です。

この記事は「瀬戸編」に続き朴洪実さんが翻訳して下さいました。カムサヘヨ!!

※ ※ ※

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瀬戸の次に訪れたのは京都でした。
京都は皆さんもよくご存じの、井筒監督の映画『パッチギ』の舞台になった所でもありますよね。
「パッチギ2」では舞台を京都から東京で移していましたね。

京都に到着したのは夜遅い時間だったのですが、シトシトと雨が降っていました。
400年間、日本の中心地だった都市、京都に到着すると神妙な(?) 雰囲気を感じました。

京都第3初級学校で保育組教員をしていらっしゃるリョシリを紹介しつつ、以前、京都編を少し紹介しましたね。

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↓をクリックすると、記事の続きが読めます。




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京都は大変蒸し暑く、北海道出身のリョシリと、東北出身のチャン・ユリ先生は少しお辛そうでした^^
それでも京都はそれほど自然災害がない所だと聞きます。
台風も来ないし、地震もないそうです。

京都では京都青年会にご招待いただきました。
青年会員の方々の大部分が、ちょうどお子さんを学校に行かせる年齢でらっしゃるので、映画を通して見られるような、ウリハッキョの民族教育に対する韓国の同胞たちと、日本の人々の反応をとても気にされていました。

なので、私たちは皆様のご心配を解決してきました^^
青年会の方々は、韓国の観客の感想をパンフレットにし、回覧してらっしゃいました。
朝鮮大学の学生たちが翻訳し、ハングルと日本語で作っていらっしゃいました。
映画を観てくださった多くの方々の熱烈な感想は、日本にいらっしゃる同胞の大きな力になっているようでした。

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(写真:京都青年会会員と一緒に。きれいな花束も準備してくださいました。)

懇談会が終わり、あるオモニ(お母さん)が私に尋ねました。

「お父さんたち本当に可愛くないですか?」

「え?」

「花を準備すると言ってきかなくてね、これから長旅になるのだからお花のプレゼントは良くないんじゃないかって言ったんだけど・・・やっぱりお花は綺麗だし素敵でしょ~と言って、結局花束にしたのね~ 可愛いくないですか?」
とおっしゃいました。。。

話をお聞きして考えてみたら、本当に微笑ましく思っちゃいました。
再度、「本当にありがとうございました!」

そして最後まで一緒に頑張ってくださった、京都朝鮮高校の「オモニ会」の会長!副委員長、楽しく、ありがたかったです。
京都朝鮮高校「オモニ(お母さん)会」の会長とは写真を撮ることができませでしたね。
ウルルン島(鬱陵島)が故郷だとおっしゃる、とってもかっこいいオモニだったんですが。。。

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映画の中の寮長先生で出演されたキム・カプリョル先生、覚えてらっしゃいますか?
ウェートリフティングをしていたキム・へヨンのアボジです。
キム・カプリョル先生は北海道の前に京都で教鞭を握ってらっしゃったので
キム・カプリョル先生を覚えてらっしゃる方も多いでしょう。

そうそう、ウルルン島が故郷だとおっしゃったオモニ(お母さん)にもお会いしたと言っていたのですが、写真の右の方に見えるオモニはソウルご出身だそうです。
皆さんご存知のとおり、在日同胞のたくさんの方々が、慶尚道後出身だそうです。
そのせいか、大部分の同胞が使う言葉は慶尚道の方言ですね。

ソウル出身のオモニは幼い頃、方言のせいでよく混乱したとおっしゃいました^^
私も同じく、ソウルっ子ですよ。
私も実は、「ハルモニ(おばあさん)、ハラボジ(おじいさん)」を「 ハルメ、ハルベ」とも呼ぶのを、初めてウリハッキョの子供達に会って初めて知りました。
慶尚道の方言ですよね! 案の定、私のオモニも学校で「ハルメ、ハルベ」と習い、家で「ハルメ、ハルベ」と使うと、ソウル出身アボジから「ハルモニ、ハラボジ」と言いなさい!と叱られたそうですよ。

また先日、私は「パプチュゴッ(しゃもじ)」を慶尚道なまりで「チュゲ」と言うことも初めて知ったのですが、オモニも学校では 「チュゲ」だと習い、家では叱られ。。。
このようなことがとても多かったそうです^^

ソウルが故郷である同胞を京都で初めにお目にかかり、言葉にまつわるさまざまなエピソードを聞くことができました。貴重なオモニの経験を聞かせてくださり、ありがとうございました。

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(写真:京都の青年会のスタッフとキン・セジン青年会長。そして、本当の妹のように接してくださったオモニたちです。)

これからもお元気で。

本当にどこででも、ウリ同胞の愛はとても暖かいものです。
特に、オモニたちが聞かせてくださるお話は、私の人生のどんな場面でも聞くことが難しい、貴重なものでした。いつも心の奥に刻み、生きていきます。

そしてシ・ソンジ先生~
キム・カプリョル先生は、今度は必ず年賀状送るとおっしゃいましたよね。
本当に年賀状が来るか、互いに待ちましょうね!^^

オモニたちにも、早くまたお会いしたいです!
語りつくせなかったお話。。。また続けないとね?

ソヒョンでした!

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  1. 2007/11/17(土) 00:15:16|
  2. ★朴素賢助監督の部屋
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