「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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金明俊監督・「茨城ウリハッキョを紹介します」

※韓国公式ブログ「演出 キンミョンジュンの部屋」2007/5/31記事より一部抜粋・翻訳。

千葉での上映会を終えて茨城に向かいました。

茨城には2日間滞在しました。日本での予定が詰まっていて大変だろうとチェ・インテ校長先生(訳者注:監督が映画を撮影していた当時、北海道ウリハッキョの校長先生)が特別に配慮してくださいました。

校長先生


毎日のように「ウリハッキョ」公式ブログ(ハングル)を読まれて涙を流されているという校長先生。しばらく茨城に単身赴任されていたそうですが、今は奥様とお母様も茨城に引っ越されてご一家でなごやかに生活されているそうです。

学校


ここが茨城朝鮮初中高級学校です。

運動場



前日に雨がふったそうですが私が訪問した日にもまだ運動場の真ん中に雨がたまっていました。所どころ大きな水たまりがあり、サッカー部の練習にも支障がありそうです。

日本の学校の運動場は雨が降ってもこう水たまりが出来ることはないそうですが、やはり財政が厳しいウリハッキョはこのよう状況にあります。

茨城歴史


茨城朝鮮初中高級学校は日本の他の朝鮮学校同様祖国解放直後に建てられました。45年11月茨城県にはすでに18の国語講習所が開設されていたそうです。

そして46年2月に生徒数48名スタートした「朝鮮人初等学園」を皮切りに県内10ヶ所に初等学園が誕生します。
そしてついに1948年「朝連茨城中央小学校」が創立され本格的な学校の歴史がスタートしました。

火事


こうして一世の同胞達の力で新しく建てられたウリハッキョですが62年に大きな試練に直面します。その年の2月に150名の警察が不意に学校を襲撃し3月には学校が放火され寄宿舎と校舎が全焼してしまったそうです。

再建


しかし同胞達は決して屈することなくまた校舎を建て寄宿舎を建て民族教育を続けたといいます。

それゆえ茨城の同胞達が県内に一つしかないウリハッキョへ注ぐ愛情がこれほど深いのでしょう。

チェ・インテ校長先生は他地域で朝鮮学校が廃校をよぎなくされている中でもこの学校をこれまで守ることができたのは驚くべきことだとおっしゃいましたが、このような試練の中で守られてきた学校だからこ存続が可能ではないかと思います。

卒業記念


学校の玄関前に卒業生達が残していった「記念品」があります。
子ども達が自分達で手作りしたものを後輩達に残し、名前も刻んでいったのでしょう。
日本全国のウリハッキョにはこのように卒業生達が残した作品が所所に飾ってあります。

一年生


初級部一年生の教室に入ってみました。担任の先生と3名の生徒がウリマル(朝鮮語)の勉強をしています。

幼稚園のない茨城のウリハッキョで子ども達は一年生になってはじめてウリマルを習うそうです。日本で生まれ育った子ども達なので幼いときから日本語の発音に慣れています。

一年 先生


ウリマルには日本語にはない発音があるので子ども達には一年生の時のウリマルの勉強が一番大切なんだそうです。

2年生


真ん中の生徒は2年生。2年生は一人だけです。その上、この子は寄宿舎で生活をしているといいます。

この子を見ていると北海道のウリハッキョのソンテギを思い出しました。ソンテギももう2年生になったでしょう。寄宿舎で皆の愛情を受けて育っているソンテギの様にきっとこの子も寄宿舎のアイドルなのでしょう。
しかし、それでもクラスメートがいるソンテギに比べて二年生が一人とはとても残念です。早くクラスメートが増えるといいですね。

茨城のウリハッキョは92年に新築されました。全国のどこのウリハッキョよりも日光がよく入る設計になっているそうです。

食堂


ここは学校の食堂です。寄宿舎のある学校が皆そうなのですが、この学校でも給食です。

朝食は全国のどの学校よりも美味しいはずと校長先生。

スジェ


食堂を出て懐かしい顔を発見しました。

映画「ウリハッキョ」にも登場する北海道朝高21期生のキン・スジェ君です。朝鮮大学校での学生達の活動や生活状況を伝えるニュースレターにスジェ君が案内モデルとして選ばれたようです。髪の毛がずいぶんのびましたね(^^)

学校をだいたい見てまわったあと、校長先生が体育館に私を案内してくださいました。

花束


なんとそこには全校生徒97名と先生が全員集まっていて、私に高3の生徒が花束までくれるのです。歓迎公演まで準備してくださったんだそうです。私は恥ずかしくて顔を上げられないほとでした。

歓迎会


初級部の生徒達がまず舞台にあがりました。子ども達が歌う歌はあの「バスに乗って電車に乗って」でした。

中級部舞踊


中級部の舞踊。5人です。

民族楽器


民族楽器クラブの演奏です。もとは5名だったそうですが3名が卒業して今は二人だけだそうです。
北海道のウリハッキョバスケ部を思い出しました。子ども達の演奏があまりに素晴らしく感動しました。

高級部舞踊


4人の高級部の子達が出てきて朝鮮舞踊の御目見えです。

声楽部


最後は茨城ウリハッキョ自慢の声楽部が「チョゴリ」という歌を歌ってくれました。8人の子供たちがチマチョゴリを装い歌った「チョゴリ」という歌は最近作られた歌なのですがこの歌をきいたとき、こぼれおちそうになる涙をこられるのがやっとでした。

私はそのとき客席にいたので写真は撮ってほしいと先生達にお願いしたのですが、ちょうど一人の先生がビデオを撮影されていました。そのビデを是非ダビングして持ち帰りたいとお願いすると帰る日にお土産に下さいました。「チョゴリ」を子ども達が歌ったCDと一緒に。

全員集合


全校生と撮った写真です。

アリガトウ


写真撮影が終わった後にある同胞から預かったと校長先生が折菓子の入った袋を私に渡してくれました。慌てて後を追うと生徒の保護者の方でした。無理に頼んで写真を一枚撮らせてもらいました。ごちそうさまでした(^^)

初級部



お昼の時間になりました。先ほど紹介したあの食堂に子ども達が集まり食事をしています。今日のメニューはスパゲティ。

女生徒



二日間も滞在したので茨城の学校は紹介することがまだまだあります。
なので、二部に分けようと思います。

代わりにここでは学校でいただいてきたCDの中から「チョゴリ」をお聞かせします。声楽部の子達が歌っています。
(訳者注:歌はこちらには載せていません。韓国公式ブログにてお聞きください。)

☆ ☆ ☆

「なぜこのように、『ウリが想うウリハッキョの姿』をまったくありのままに映画に表現することができたのか」との私の質問に「チェ・インテ校長先生のおかげです。校長先生は民族教育は世界で最も素晴らしい教育だという自負がおありなんですね。それで、僕に何一つ隠すことなく、すべてを見せてくださったんです。」と監督。

滞在期間中、校長先生をはじめ先生、生徒達と監督との間で築かれた深い信頼関係の中で作り上げられた作品なのですね(^^)

写真などの掲載許可をいただこうと茨城のハッキョに電話をしました。メールでも済む事なのに、校長先生の声がききたくて(^^)(北海道ウリハッキョ卒業生、K)
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  1. 2007/05/31(木) 14:15:50|
  2. ★金明俊監督の部屋
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