「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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ウリハッキョの先生を紹介しますー連載(3)キム・ガプリョル先生と家族の話

キムガプリョル先生



キム・ガプリョル先生と家族の話

きのう、チソンが僕の家に遊びに来た。
話の花が盛んに咲いたころ、チソンに聞いてみた。
「チソンが一番好きな先生はだれ?」
「キム・ガプリョル先生!!」

この文をキム・ガプリョル先生もご覧になる。
先生は内心、とても喜ばれることと思う。

北海道に行くと、いつも僕の背中をたたいて
びっくりさせてくれる人だ。
そして本当にあったかい目で明るく笑いながら、
(もちろん、先生全員がそうなのだが)
「次は必ずまた僕の家でごはんを食べよう」

「ミョンジュン、寄宿舎の部屋の暖房入れておいたから、
今上がって行ったらあったかいよ」
と言いながら、僕がいなかった間しっかりかけておいた
部屋のかぎを渡してくれる。
僕がお金がもったいないからとインチョンから東京経由で
北海道に来る時(当時は北海道への直行便がなかった)、
いつも夜10時くらいに学校に着くのに、
お休みになっていても駆け寄って来て、
寄宿舎の部屋の暖房を点検してくれる先生だった。


キム・ガプリョル先生についての話をしようとすると、
ご家族の話に触れないわけにはいかない。

奥さんのイェ・プジャさん、
長女のキム・ヘヨン(ウェイトリフティング選手)、
2番目のキュサン、
そして末っ子のチヨン(ポスターの主人公、わがブログのかわいい子)
と、5人の家族がいる。うん。

いや、厳密に言えば、8人家族だと言った方がいい。
寄宿舎の3兄弟、ユンテク、ソンファ、そしてソンテクもいるから。

映画でも少し触れた通り、
イェ・プジャオモニが寮母なので、
初級部1年から寄宿舎生活をしなければならなかった
ユンテクの時から、ソンファ、ソンテクが週に
3,4回は寮母の家で食事をしたり泊まったりもした。

遠く家を離れて寂しい思いをしている
初級部の寄宿舎の子どもたちに、
少しでも家族の温もりを感じさせてあげようとする
寮母と舎監主任キム・ガプリョル先生の配慮だった。

だから、幼い時から一緒に育ったと言ってもいい
ユンテク兄弟とヘヨン兄弟は、自分たちを
本当の兄弟のように思っているだろう。

キム・ヘヨン(21期)が卒業した時、
学校を出て行くのに何が一番心残りかと聞いてみた。
ヘヨンの答えは意外だった。

「もうユンテクと一緒に遊べないし、
ソンテクが入学しても(当時はソンテクが入学する2年前)
ソンテクと一緒に遊べないことが心残りです」

日本全国の高校女子ウェイトリフティング記録を持っていて、
全国大会4連覇の輝かしい成績とともに卒業し、
明治大学から堂々たるスカウトを受けて入学したヘヨンだが、
そのしんどいスポーツをする彼女も、
実は本当に心が暖かい子だった。
昼休みに初級部の子どもたちを抱き上げたりしてあげることが、
ウェイトリフティングをしながらいつもしていることだった。

映画でも少し登場したユンテクの「へそ踊り」は、
実はヘヨンとユンテクが
同級生の誕生日お祝いパーティーでいつも行うハイライトだった。
映画では弟ソンファの誕生日で、
ソンファへのお祝いのために、
兄のユンテクが覚悟を決めて踊ってみたものだが、
それがカメラに見つかってしまった。
今はすっかり大きくなってそんなことをさせることもできないし、
本人たちも絶対することはないと思うが、
ユンテクよりも寄宿舎生活に適応しているソンテクが、
お兄ちゃんの代わりにへそ踊りをしてみんなにかわいがられている。

朝鮮学校は、初級部4年になるとクラブを
選択することになっている。
初級部低学年(1~3年)は放課後にクラブ活動がない。
だからそのまま家に帰ってもいいのだが、子どもたちがしたがるので
趣味の形で先生方がサッカーや舞踊を教えている。
そして高学年(4~6年)になると
自分がやりたいクラブを選ばなければならないのだ。
同時に少年団(小4~中3)にも加入し、
少し成長した大人としての対応を受けることになる。

ヘヨン



ウェイトリフティング選手のキム・ヘヨン(写真中央)は、
初級部4年生の時に何を選択するか迷ったが、
クラブ選択の前に何日間かの経験をさせてみたところ、
その時にウェイトリフティングがとても気に入って選択したという。
しかし、キム・ガプリョル先生とイェ・プジャオモニは強く反対!!
それでもヘヨンは頑固に継続したものだから、日が経つにつれて
生まれ持った素質が感じられるようになってきたという。

それからは連戦連勝。
全国大会に出れば優勝は当たり前。
日本の高校生の全国大会は、韓国とは違って規模が大きく、
多様な種目に渡って開催される。

韓国では野球やサッカー程度しか知られていないが、
ほとんどすべての種目で高校スポーツの試合が一年に何度も行われる。
それも毎年開催地が変わるので(オリンピックやアジア大会のように)、
開催地の経済的な発展にも一役買っているわけだ。

日本全域に私たちの同胞が散らばって暮らしている。
時々、ボクシング、サッカーなどの得意な種目で
全国のウリハッキョの選手が優勝したり、
立派な成績を残すことがある。
そんな時、同胞たちの胸がときめくのはもちろんだが、
試合が行われている地域の同胞たちが、
子どもたちの試合に大喜びするのも当然だ。
いつも優勝してきたヘヨンは、
だから同胞たちの間でスターのような存在なのだ。

毎年優勝するためには、才能だけではうまくいかない。
ウェイトリフティングのような種目は個人競技なので、怠けやすい面もある。
しかしヘヨンは高級部時代にはいつも金メダルで、
それを守るために注いできた努力は誰にも想像することができない。

トップを守り続けることは負担ではないかと尋ねた時、ヘヨンは
「バーベルを放り出したいと思ったこともあるけど、
試合の時に私を見て期待してくれている
地域の一世の皆さんや、アボジ、オモニの視線を見ていると、
もっと一生懸命やらなきゃ、という気持ちが生まれてくるんです」

年は僕よりずっと下の子どもだが、
ヘヨンが好きで尊敬せざるを得ない理由はここにある。
ヘヨンがこんなにも立派なのは、誰に似たのだろうか?

キム・ガプリョル先生は、ウリハッキョのオモニたちのバレー部の監督だ。
そしてイェ・プジャオモニはそのバレー部の部員でもある。
二人とも生まれつき運動能力があり、
それをヘヨンが受け継いだのだろうと思う。

キム・ガプリョル先生とイェ・プジャオモニはどのように出会ったのだろうか?
朝鮮大学校3年生になると、朝高生と同じように朝鮮に旅行に行く。
朝大生の場合は単なる旅行ではなく、一種の研修を受けに行く。
だから期間もとても長い。短くても半月、長ければ3ヶ月にもなるという。

二人はそこで出会い、恋をして、二人とも教鞭を取り、結婚したという。
イェ・プジャオモニの話では、若い時のキム・ガプリョル先生の
「姿がとてもよかった」という。
バレーボールで鍛えた体だから、すらりとしていて目も大きく、
好男子だったことは間違いない。

二人は日本の兵庫県神戸市のウリハッキョの先生をした後、
家庭の事情があって、ヘヨンが初級部2年生の時に北海道に引っ越してきた。
イェ・プジャオモニも先生だったから
一緒に教員生活をしようと思ったのだが、
そうなると子どもの面倒を見るのが大変だということで
教員を辞めることにした。
それからは、焼肉屋で働いたり寮母をしたり、
他にもいろいろなアルバイトをして
不足しがちなアボジの教員としての月給を補ってきた。

そんな寮母が、
昨年は編入生にウリマルを教える編入班の国語の先生として活躍した。
今は出産休暇を終えた国語のキム・ミョンヒ先生が戻ってきたので
状況が変わったかもしれないが、
僕はいつもこんなに情熱的に働く寮母を見るたびに、
驚かざるを得なかった。

キム・ガプリョル先生のお宅で食事をした時、
絶えず出てくるおかずと料理を見ながら、
ほとんど2日に1回ずつこんなに料理を作ったら
家の柱が揺れちゃうんじゃないかと言ったところ、
キム・ガプリョル先生いわく、

「大丈夫、寮母のポケットから全部出てくるから。ハハハ」

いつもユーモアあふれるキム・ガプリョル先生は、
そんな風に言いながらまた焼酎を一杯。

ヘヨンが卒業して、オモニのおいしい料理を
食べられないというのは、僕が考えても残念なことだ。
東京で自炊生活をする娘の健康がいつも気になる二人だが、
それでも口元に笑いを絶やさない二人が僕は本当に好きだ。

今回の映画のポスターにはチヨンのかわいい顔を選んだので、
寮母さんの家で僕がごちそうになったおいしい料理の
お返しに少しでもなっただろうか?

キム・ガプリョル先生。
次に僕がまた行く時も、寄宿舎の部屋をあったかくしてくださるでしょう?

今度行く時は、もっとたくさんの人たちと一緒に行くことになると思うけど、
ウリハッキョの寄宿舎の部屋は足りないんじゃないでしょうか?

その時は、先生がお好きなお酒を
たくさん飲む人たちを選んで連れて行きますよ。
先生もその時は覚悟しなければなりませんよ。^^

イェ・プジャオモニ。
僕の体調が悪かった時、毎日のように僕の寄宿舎の部屋に来てくださって、
熱も計って毎朝おかゆも運んでくれて、
風邪をひいた時には水分を十分取らなければならないんだよと
飲み物や果物を食べさせてくれましたね。
オモニがくださったインフルエンザの薬を飲んだら、
嘘のように起き上がることができるようになりましたね。

キム・ガプリョル先生、イェ・プジャオモニ。
いつものように優しく情熱的なお姿で
ずっとそこにいらっしゃってくだささい。
お二人が北海道のウリハッキョの
暖かい心の代表なんですから。

いつまでもお元気で。(2007/4/12)

※この記事は新潟・びびんば会 金子博昭さんが翻訳してくださいました。
カムサハムニダ!!(K)
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  2. ★「先生」を紹介します。
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