学校の先生に薦められて、「ウリハッキョ」を観ました。
「ウリハッキョ」は、明快なストーリー展開の「笑いあり、大ドンデン返しあり」というようないわゆるエンターテインメント映画ではありませんでした。
けれど、彼らの生き様そのものが感動であり、「映画」であったように思います。
映画を観て「何か書かずにはいられない」という気持ちになったのは初めてです。
北海道ウリハッキョの子供たちの学校生活を観ながら、僕は今までの自分を振り返ることになりました。
コリアンという共通点でつながりいつも笑顔がたえない彼ら。
かたや僕は、「祖国」なんて意識することもなく、ワールドカップのような国際イベントのときにだけ、やおら「民族愛」に燃える韓国人。
僕が「体だけの韓国人」ならば、彼らは心の深いところでコリアンなのだと感じました。
運動会で彼らが掲げる北朝鮮の国旗を見て、少し動揺しました。だけど彼らにしてみれば、一番苦しいときに助けてくれたのが北朝鮮だったのだから、当たり前のことなのでしょう。
彼らはあの学校で、社会主義理念を学んでいるわけではなく、朝鮮人であるということを学び、ハングルを身につけていました。
「ウリハッキョ」の子供たちと先生、父母達は、心ないバッシングに立ち向かい、民族を愛し彼らのアイデンティティーを守ろうとしています。
彼らがそんな風に守ろうとしている民族性を、今まで取るに足らないことに感じていた自分が恥ずかしくなりました。
住む国は違っても、北朝鮮を祖国と考えていても、彼らはまぎれもなく僕らと同じ民族なのです。
国際化のこの時代に、いまさら「民族」を守ろうとするなんてナンセンスという人もいるかもしれません。だけど僕は、民族はまぎれもなく自分の一部分であり、民族性を通して、アイデンティティを確立していくことができるということを学びました。
もうひとつ印象的だったのは、高3学生達のピョンヤン旅行です。
知らず知らずのうちに、僕の心の中の「北朝鮮」に対する印象はネガティブなものだったし「あの国」の人たちは、僕らとは違う種類の人間なのだと思っていました。
けれど、ウリハッキョのこどもたちが北朝鮮の人々と手をつないで、楽しそうに過ごす姿を見て、北朝鮮のひとたちも僕らと変わらない平凡な「暮らし」の中に生きていることを知りました。
イデオロギーが同じ言葉を使うひとつの民族だった私たちを分けてしまった事実が悲しく悔しかったです。
今までは、統一や在日同胞について何の思い入れもなかったけれど、この映画を観てからは、早く統一が実現して、在日同胞も韓半島で一緒に住めればいいのにと思うようになりました。
北海道の子供たち、先生たち、そして、彼らの両親たち。差別のなかでもコリアンとして堂々と生きて行く姿はとても誇らしかったです。
そして、韓国人としての誇りを意識しなかった自分が恥ずかしくなりました。
これからは、彼らを思い出して、韓国・北朝鮮を愛し誇りに思い、いつか統一される日が来ることを信じて生きていこうと思いました。
※韓国公式ブログに掲載された感想文を許可を得て翻訳転載しています。
この記事は
「『ウリハッキョ』、共に歩む美しき学校」、
「一言でいうと・・・」に続き、東京都荒川区在住
meruさんが
翻訳してくださいました。
知人だということで、遠慮なく分厚い資料をボンッと渡してしまったのですが^^;忙しい仕事の合い間を縫って翻訳文を定期的に送ってくれています。ありがとう!(K)
- 2007/06/19(火) 00:44:44|
- 韓国人の見た「ウリハッキョ」
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