「ウリハッキョ」自主上映・日本公式ブログ

「ウリハッキョ」ー北海道朝鮮初中高級学校での日常を描いたキン・ミョンジュン監督のドキュメンタリー映画(2006年釜山国際映画祭雲波賞受賞作品)の日本自主上映・公式ブログです。

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ウリハッキョの先生を紹介しますー連載(6) キム・ヒャンスク先生

ヒャンスギ1



キム・ヒャンスク先生

初めて北海道を訪れた時
つまり、チョ・ウンリョン監督と2002年秋に
札幌にあるウリハッキョを訪問した時のこと。

2日目の夜にリ・ヘラン先生、キム・ヒャンスク先生、
チョ・ウンリョン監督、そして僕は
札幌市内を一望できる夜景を見に行った。
2人の先生は学校の寄宿舎で生活しており
僕らはヨンボムのオモニが運営している焼肉店「コサリ」で
遅くまで話に夢中になった。

だから北海道のウリハッキョに接した
その最初の親密感の代表が,キム・ヒャンスク先生だった。

キム・ヒャンスク先生は
九州,つまり北海道とは正反対の暖かい地方の出身で
そこで学校に通った。
北海道のウリハッキョで勤務する教員の中で
北海道から一番遠い地方から来た先生になるわけだ。


パク・テウ先生と一緒にウリハッキョに赴任した
キム・ヒャンスク先生は,国語の先生だ。
民族教育での国語の先生の役割は何だろうか?
国語の先生がいなければ民族教育が成り立たない、と言えるだろう。

中級部の国語の先生はキム・ヒャンスク先生とキム・ミョンヒ先生
この2人が責任を担っている。
2人とも小柄な体格で一見弱そうに見えるかもしれないがこれがとんでもない。
子どもたちを相手にする時のキム・ヒャンスク先生は
その辺の男性教師にも負けることはない。

澄んでいて広く響き渡る声は
ウリハッキョの国語の先生の共通の特徴なのかもしれないが
(キム・ヒャンスク先生の詩の朗読や本を読む声には誰もが驚くことだろう)
ここが本当に日本なのか見分けることさえ難しくなる。

ヒャンスギ2



(写真:赴任したばかりの頃のキム・ヒャンスク先生(中央左側)。寄宿舎の生徒たちが卒業に当たって開いてくれたパーティーのようだ。すぐ後ろに立っている人が現在は初級部の担任になった当時の生徒、キム・ジファさん)

3世として日本の地に生まれたとは言え
ウリハッキョの国語の先生は
自分たちの後輩であり弟子である子どもたちに
民族教育の核心である朝鮮語を教えるということに
誇りを持っている。

いつだったか北海道のウリハッキョに朝鮮大学校の教授でもある
朝鮮語の先生が訪問したことがある。
民族教育の最高学府である朝鮮大学校教授が各地域のウリハッキョを回り
国語教員の哀歓を聞き、全国的に進行している朝鮮語教育の変化と
改善点について共有する機会だった。

その場に出席したウリハッキョの国語の先生たち
シン・ギョンファ、リ・ホミ、キム・ミョンヒ、
初級部低学年の担任(リ・キョンミ、チョ・スナ)、
そしてキム・ヒャンスク先生。

北海道という地域的特徴から特に編入生が多いこと、
そのため授業や生活の中で朝鮮語の比重を増やそうとしても
簡単ではないということ、
全国のウリハッキョの先生でも国語の先生以外の理科、歴史などの
科目の先生が朝鮮語に対する心がけを高められないでいること
幼児の朝鮮語の発音についての勉強、などなど…。

国語教育に関する問題点をひとつひとつ真摯に
討論していた様子が思い出される。
こんな風に全国の教員の意見が中央に収斂され
新しい国語教科書の編修のための指針になっていくのだ。

ヒャンスギ3



(写真:ウリハッキョ中級部の国語を受け持っているキム・ヒャンスク先生)

キム・ヒャンスク先生は、常に中級部3年生の担任を受け持っている。
子どもたちは初級部4年から中級部3年まで
「少年団」に加入することになっている。

高級部の「朝高委員会」と似たような役割を果たしているもので
子どもたちが自ら生活の規律を作って守っていこうという運動を広げ
集団主義の精神を少年団からきちんと身につけていこうとするものだ。
中級部にもなれば、自分のことは自分でできる年齢ではないかとも言えるが
まだまだ先生の助けが必要なこともある。

よく、朝鮮学校の高級部3年生の担任は
教師の華であるとも言われる。
子どもたちを社会に送り出す直前に
これまで磨いてきた宝石を最終的に輝かせるようにする仕事。

しかしその教師の華であるという高3の担任は
初級部から中級部までの何かと面倒なことの多い子どもたちと
向かい合ってきた初・中級部の教師たちの恩恵を
十分に受けるということでもある。

だから高級部に送る直前の、思春期の頂点であるとともに
反抗期の頂点でもある中3の担任は、目立たないが
宝石が輝くための基本を忠実に仕上げるという位置にある
重要な役割であると言うことができるだろう。

つまりキム・ヒャンスク先生が毎年中3の担任を
受け持っているのは、偶然ではないということだ。
高級部を卒業する子どもたちにとって最も記憶に残る先生
最も申し訳ない気持ちを持つ先生は誰かと聞けば
大部分がキム・ヒャンスク先生(子どもたちは「ヒャンスギ~」と言うが…)
だと答えるのも、ある意味では当然と言える。
ヒャンスギ4



(写真:学期末、先生方が子どもたちのために歌を歌っている)

キム・ヒャンスク先生は、授業以外にもいろいろなことをしている。
ウリハッキョのオモニ会では週1回、伽耶琴教室を開いている。
既に子どもが学校を卒業したオモニたちもここに参加するのだが
このオモニたちに伽耶琴を教えているのもキム・ヒャンスク先生だ。

また、ウリハッキョの舞踊部の指導員でもある。
舞踊を直接することはないが、普段から舞踊部の子どもと教師が
活動しやすいように支える役割を果たしている。
毎年開催される「朝鮮学生芸術競演大会」の時は
少人数の北海道の舞踊部を率いて、ソン・ピョンファ先生と
東京、大阪まで飛び子どもたちの世話をする。

そして、言い忘れてはいけないこと。
学校の周囲の日本人との交流を目的とするとともに
不足気味の学校の運営費を少しでも補うため
毎週日本人を対象とした「朝鮮語教室」を開いていることだ。
その講師がキム・ヒャンスク先生をはじめとする
ウリハッキョの国語の先生たちだ。

映画「ウリハッキョ」の中で
鈴木先生が送ってくださったお金の包みが出てくるが
「朝鮮語教室」の講師であるキム・ヒャンスク先生に渡されたものだ。

そうそう、キム・ヒャンスク先生とカラオケに行ってみよう。
彼女の十八番は,日本でも人気絶頂のBoAの歌だ。
いや、実を言うと歌謡曲に門外漢の僕より多くの韓国歌謡を知っている。

ウリハッキョの女性の先生方は歌がうまいと僕はいつも思う。
キム・ヒャンスク先生はその中でも断然一番だ。

ヒャンスギ5



(写真:先生方の合唱ステージではいつもキム・ヒャンスク先生が真ん中にいる)

時々、男性教師の代表であるカン・ソンジン先生とデュエットで歌うこともあるが
こんな先生方がいるから芸術的な才能にあふれる子どもたちが育つんだな
という思いが自然に湧いてくる。

ともかく、この文を読んでいる「ウリハッキョ」ファンの皆さん
北海道に言ったらぜひキム・ヒャンスク先生とカラオケに行ってください。
百聞は一見に如かず、ですよ。(^^)

ヒャンスギ6



再び北海道に行く時
雪の積もった札幌のウリハッキョのグラウンドに
子どもたちが朝鮮語で文字を読んでいる声が聞こえるだろう。

その美しい子どもたちの声の中に
キム・ヒャンスク先生の声も聞こえるだろう。

在日朝鮮人3世,4世,5世の子どもたちの胸に
朝鮮語とその文字という「祖国」を刻んでくれる
在日朝鮮人3世の教師
キム・ヒャンスク先生の声が聞こえるだろう。

ヒャンスギ7



(写真:カラオケから出てきたばかりのところ。左からパク・ジヘ助監督、キム・ミョンヒ先生、キム・ジファ先生、キム・ヒャンスク先生)

(2007/4/20)

☆ ☆ ☆

翻訳

キム・ガプリョル先生
パク・ユサ先生
藤代隆介先生

の記事もそれぞれ翻訳された新潟・びびんば会金子博昭さんが担当して下さいました。カムサハムニダ!!(K)
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  1. 2007/06/26(火) 04:13:03|
  2. ★「先生」を紹介します。
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  4. | コメント:0
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