こんにちは。
やっと6月 29日にあった東京・渋谷での自主上映の記事を載せます^^;
私は前日の 28日に東京の羽田空港に到着しました。
到着するやいなやびっくり!
ポスターの主人公チヨンがウチワになって、ある人の手にとられ私を暖かく迎えてくれたのです。

日本公式ブログの運営者である Kさん(私だ^^;)の手作りだそうです。
私は Kさんと一緒にリムジンバスに乗ってホテルに行き、一度荷物を置いて、この間上映会を準備してくださったオモニたちに会いに行きました。
私たちが会った場所は、東京のとあるJR駅の近くにある 「チウゲ」という韓国料理店でした。同胞が運営する食堂です。

中央の男性がこの食堂「チウゲ」のご主人です。
そしてその左側にいらっしゃる方が奥様です。
お二人様はウリハッキョに子供たちを送っていらっしゃる学父兄でもあります。
そしてその両隣にいらっしゃる方が美し
かった(こんな表現があたるでしょうか)渋谷上映会の主催者です。

食堂の入り口カウンターに置いてあったウリハッキョのチラシを見てこっそり感動しました。

もっと感動したのは、「ウリハッキョ」の携帯待ちうけ画面を見たことでした。
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翌日、<東京ウィメンズプラザ>に到着しました。
到着したらすでにオモニたちとボランティアは慌しく準備をしていました。

さて、この方はどなたでしょう?
実は映画「ウリハッキョ」に出演している 21期キン・スジェ君の叔母です。
北海道のウリハッキョを卒業されたそうで、 日本公式ブログのKさんとは初級部から大学まで同級生だそうです。
卒業後、長い間連絡をせずにいたが「ウリハッキョ」を通じて再び出会ったんだそうです。日本ブログへボランティアを申し込んだところ偶然の再会となったそうです。
今回の上映会はそれぞれ仕事を持っているオモニ達がメインとなって企画をしたので色々と難しいことがありましたが、ウリハッキョに子供を送る保護者としてウリハッキョを日本の人々に広く知らせたいという気持ちで始めたのだそうです。


上映会に企画から携っているピョン・ジョンフィさんと夫のチョ・バンレさん。
真剣な表情で今日の上映会について話し合う夫婦の姿が本当に美しく見えました。

出版・印刷業が本職のボランティアキン・イルさんが作成されたポスターです。

開場です。ボランティアたちの動きも忙しくなり、表情も明るくなります。

この日は午後1時と6時に二度上映をしました。
二度の上映会の観客数は 510人を越しました。

ご存知だと思いますが、日本に住んでいる日本の人々も朝鮮学校の存在自体知らない方、また知ってはいてもどんな所なのかはよく分からないの方がほとんどです。
それをあまりにもよく分かっている同胞たちがこ上映会のために捧げた熱情は本当にすごいものがあったと思います。

スタッフの方達は私の話よりは日本の人々の反応がもっと気になったかもしれませんね。

連日日本のマスコミと政府のいわゆる「朝鮮バッシング」に苦しみながら過ごす彼らの表情に、今日は期待があふれます。

映画のうわさを耳にして「上映会を私たちの力で組織したい」と今回の上映会を企画されたオム・グアンジャさんも感慨無量であっただろうと思います。
上映会が終わって、日本での自主上映でいつもするように、私に挨拶をしてくださる多くの方と写真を撮りました。東京での上映なので、嬉しい出会いが多くありました。
まず下の写真、「ウリハッキョ」に出演なさったキム・ユソプ先生のお姉さん(左)と叔母さん(右)です。

そしてこの下の写真に写っている方は日本の方です。
ウリハッキョ日本公式ブログで翻訳を担当されている金子さんです。
もちろんボランティアです。韓国のブログを日本語に翻訳して下さっています。

そして私を訪ねてきて下さったオモニ達と写真を撮りました。

私の右側で笑っていらっしゃるオモニは北海道ウリハッキョの新任教員の一人であるパク・イルス先生のお母さんです。 「私がパク・イルスのオモニです」と自己紹介をされた時、あまりにもパク先生と顔がそっくりで驚きました。
もう一人。
在日同胞が自分達のニュースを伝えるために作った「エルファネット」という放送局があります。
約 7人の局員たちが全国の同胞社会をくまなくまわり撮影をし、映像を残しています。
その中に私のよく知るチェ・ミョンソンさんがいます。
この方とは特別な縁があります。

今は韓国で勉強しているチャン・チソン(22期) さんが高3の時、朝鮮学生芸術競演大会に参加しました。
当時北海道ハッキョの高級部舞踊部はただ一人だったので、チソンは当然独舞に参加しました。 しかし私はその場面を撮ることができませんでした。 なぜなら中級部舞踊部の公演と重なったからです。
あの時その大会を撮影していたエルファネットのミョンソンさんが手伝ってくれたのです。それでチソンの独舞を撮ることができたのです。
おかげでフィルムには収められたのですが、 結局映画には入れることが出来ませんでした。
でも DVDがにはその場面を必ず入れるつもりです。
今度ミョンソンさんは私を取材するためにいらっしゃいました。私が行くことができない他の地域の上映会のために映像レターを作ってくださるそうです。
またお会いしてとても嬉しかったです。
去年にご結婚されて新しい人生を始められたのだそうです。
ご主人は金剛山歌劇団の演出家だそうです(^-^)
さて、 次。
誰でしょう?

チェ・インテ校長先生のお嬢さん、サンスンです。
私が初めて北海道のウリハッキョを訪ねた時には朝鮮大学生だったが今は卒業してりっぱな社会人です。
今回の上映会の知らせを聞いて職場の友達を連れて来たと言います。
北海道に行く度に校長先生のお宅で食事をし、時にサンスン、イルギョンが(弟)と一緒に過ごした時間が懐かしいです。 二人は一緒に東京で生活しているそうです。

この学生たちは東京朝高の学生たちです。
幼く見えますが、高3だそうです。
一番左のピースをしてる子が主催者の一人、ピョン・ジョンフィさんの娘リエです。
東京朝高の学校祭時韓国から留学来た大学生に「ウリハッキョ」を是非見てと宣伝してくれたそうです。
夢は?
看護師になることだそうです。 それで朝鮮大学校には行けませんが、リエがはやく看護師になって人々の心の病気まで治療することができる立派な人で成長するように祈ります。
この辺でこの子のオモニ、ピョン・ジョンフィさんを紹介しましょう。
お姉さんと呼ぶと約束したので、これからピョン・ジョンフィ姉さん。
前に紹介したオム・グアンジャさんとはとても親しい関係と言います。
ある日オム・グァンさんから電話を受けたそうです。「こんな映画があるのんだけど、一緒に上映会やらない?」
オムさんの言う事なら、いつも信頼を持って一緒に仕事をしてきた間柄なので、「やりましょう!」 と簡単に答えて、上映会の準備にとりかかったのだそう。
実はピョン・ジョンフィ姉さん、
上映会の日も一日中その大きい目から涙が乾きませんでした。
私がインタビューする時にも涙、 観客たちと一緒に映画を見てからも涙、打ち上げの時にも涙 …
そして、映画のチケット販売をする時にも始終涙だったそうです。

ピョン・ジョンフィ姉さんが選択したチケット予約の方法は携帯メールでした。
ネット上にファンブログを作り、予約を携帯メールで受けたそうです。
一日に 80通以上のメールを受けて、返信を送ると指が関節痛にまでなったそうです。
上に出てきた「ウリハッキョ」タイトルが刻まれた携帯の待ちうけをご覧になったでしょう。
それがこのピョン・ジョンフィ姉さんの携帯です。しかし、そのように毎日毎日メールの返信で忙しかったピョン・ジョンフィ姉さんにとって、その時間は感動の時間だったと言います。
ある同胞がチケットを予約されました。
40代の女性だそうです。
その方が予約しながら一緒に送ってくださったメールの内容によれば、本人は初級部だけウリハッキョに通って、その後にはずっと日本学校を通われました。
そしてその後ずっと日本社会の中で自分を隠して日本人のように暮し もちろん自分の本名も隠したままでした。
しかし今回「ウリハッキョ」上映会にチケット予約をしながら自分の本名を使われ、この機会に何十年ぶりに自分の名前を取り戻したんだそうです。
ピョン・ジョンフィ先生が涙を隠しながら話してくださったこの内容を聞いて私も心が暖かくなりました。

上の写真はオモニたちが上映会を準備する時、さまざまな形で支援してくださった第九ハッキョ、教育会会長です。 上映会を終えて打ち上げに行った時にやっとお会いすることが出来ました。隠れた功労者です。
名前をよく記憶できない方もいますが、その席に参加した方々を紹介します。

下の写真のひげの青年は朝青の役員だと言っていました。
朝鮮語はあまり出来なかったのですが、熱い心を持った青年でした。

ピョン・ジョンフィ姉さんのご主人、チョ・バンレ先生。
表情に慈しみ深さがあふれる方です。
妻が「ウリハッキョ」のため忙しい時は色々と大変だったそうですが、
それでも映画を見て感動し、上映会の日はボランティアまでしてくださいました。

先ほどピョン・ジョンフィ姉さんの娘リエが必ず「ウリハッキョ」を見てと言って
今度上映会に参加し、打ち上げまで来て感想を話してくれている韓国人の大学生と日本人の友人です。
韓国の大学生も、日本の大学生も「ウリハッキョ」という映画を通じて朝鮮学校と在日同胞に対して今までと違った印象を持つようになり、今から自分が何をしなければならないか悩んでいるという貴重な話をしてくれました。

下の写真の方は日本の地上波放送局にドキュメンタリー作品を納品していらっしゃるという同胞です。
朝鮮語も大変上手です。
関係されている日本の放送局を自ら「反動」(歴史の動きとは反対される行動をするという意味での反動です)とおっしゃっていました。
自身もそんな日本の放送局に抵抗することができずに、ただ言うとおりにするだけだったと言います。しかしこれからは変わらなければならないということを感じられたそうです。
それで今思っている企画が映画「ウリハッキョ」の上映を取り囲んだ同胞たちと、上映会の様子、そしてその周辺の感動的な話をまとめたいそうです。
自分の立場で何かしなければならないという心情。
今の日本国内情勢が人をそう動くようにしているのです。

私たちに打ち上げの場所を用意してくださった方です。
もちろん同胞で、新宿のど真ん中に位置しているので、韓国の人々もかなり尋ねて来ると言います。
まだ「ウリハッキョ」を見ていないが、 次に必ず見るとおっしゃっていました。ウリハッキョの学父兄でもあります(^^)

さて、この方は日本の方です。
映画を見て自分の大学で「ウリハッキョ」を上映したいと言ってくださった方です。

都内のウリハッキョのオモニ会の方です。

ピョン・ジョンフィ姉さん、上映会の感想文を読み上げながら、また涙です。

他の地域のオモニですが, 今回の上映会のためにボランティアをしてくださいました。
微笑む顔が美しいです。

この人は韓国からの留学生です。
「ハンナ」というIDで韓国の「ウリハッキョ」ファンカフェで活動した方です。
韓国で映画を見て日本ではボランティアをしてくださいました。

下の方は同胞です。文筆業をされています。
東京に居住している朝鮮学校卒業生たちを尋ねてインタビューをして彼らの経験を本に綴るなど多様な同胞関連著作を出版されている方です。
リム・スギョンさんについての話を本にした経験を聞いた時、あの事件が同胞たちにどれほどの勇気を与えたのか分かることができました。

上映会を終わらせ安堵されたのか、楽しい笑いを見せてくれるオム・グァンザ姉さん。

東京第3初級学校のオモニ会会長です。 (間違っていたらすいません^^;)
今回の上映会もうそうですし、 同胞たちのほとんどすべての行事、学校でのすべての行事でオモニ達の手がかかっていない行事はありません。
そしてオモニたちはそんなに大変な状況でも常に笑っていらっしゃいます。楽観主義はオモニ達の武器であると同時に、今まで同胞社会を守って来た力でもあります。

下の方は、日本企業に勤務され、ボランティアで映画の取材やライターをしているという同胞女性です。ウリハッキョではなく日本学校にだけ通ったと言います。それなのに韓国語は本当にお上手です。
※ご本人の意向により、イラストに替えさせて頂きます(^^)映画を見て「ウリハッキョ」に通っている、あるいは通った同胞たちに羨ましさを感じはしたが、自分が歩いて来た道を後悔しないとい堂々とした姿を見せてくれました。
しかし日本学校で、朝鮮人だからといって勉強が上手でも運動が上手でもいじめにあったという言葉を聞いてすごく胸が痛くなりました。
この方は朝鮮学校に初級部の何年の間だけ通って、その後は日本学校に通ったという同胞です。それで母国語をほとんど忘れて暮したが友達の誘いで映画「ウリハッキョ」を見て あらたまって自分が母国語を忘れているということが恥ずかしかったと言いました。
打ち上げの席でも皆が朝鮮語で話すので大変だったと思いますが、それでも皆が使う朝鮮語を聞きながら幼い頃の感覚にまた戻ったようだと言います。

そして、かばんに常に持って歩いてると思われる写真を一枚見せてくれました。
自分のお婆さん写真です。今はこうして病院生活をされているといいます。
こんな席で自分のルーツとなる1世の方写真を見せてくれるこの方の心がありがたく思いました。

この幼い顔の少女はまだ未成年者である日本の大学1年生です。
偶然「ウリハッキョ」を知りボランティアまでするようになったと言います。
元々は韓流ブームにのって韓国文化について勉強し始めたそうですが、韓国語があまりにも上手でした。 この時も韓国語で自己紹介をしました。
良い言を沢山言ってくれたのですが、私の記憶に特に残る一言。
「朝鮮の人たちはどうしてそのようにお互いに親しいんでしょうか? 初めて会ったのにそんなに親しく過ごすことができることが私には理解ができませんでした」

打ち上げの時は写真を撮ることができなかったのですが、千葉での上映会の時にも会ったチョ・センミさんです。
お婆さんの写真を持って来た同胞青年を連れて来た方です。
日本の会社で働きながらさまざまな経験をしてその時に会った日本人, 朝鮮の人たちとともに色々な出会いの場を組織していると言います。

打ち上げの時最後まで残った方々と一緒に
写真を撮りました。
日本中どこでも
東京でも大阪でも、九州から北海道まで同胞たちが住み
大変な時も楽しい時も同胞たちは常にこんなに明るく笑いながら自分を守って行っていらっしゃいます。
今回の渋谷での上映は
忘れることができない思い出になるでしょう。
ありがとうございます。 同胞の皆さん。

※韓国公式ブログ記事より一部を翻訳し、事実と異なる点について一部加筆修正しました。(K)
- 2007/07/14(土) 08:58:51|
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